さて、Rosenkranz RK-Silver/BS(VerUP)を使って得たもの(気がついたこと)について書こうと思う。思い立って一気に書いているため、書き殴りのように感じたり、一貫性がないと感じられるような箇所があるかもしれないがご了承いただきたい(それだけの熱量だと割り切って読んでください)。
前提として、全てのイヤホンは、チューニングがされていると言える。
高域が煌びやかだとかボーカルだけ前に出ているだとかとか、ウェットであるとかウォームであるとか、音場が広いとか狭いとか、音色に艶があるとか、そういうのはチューニングによってされている。
当たり前である。そしてそのチューニングこそ個性でありそのメーカーらしさである。そこに対して、このイヤホンが好きとか苦手とか、そういう話をしているし、実際にその嗜好に基づいて購入したりする。
わたしも実際にそうだった。ES60を愛機として持っているのも、Westone Audioというメーカーの音作りが好きだからであり、その中でもES60の自然なバランスのチューニングが好きだからである。
そして、そういうものだと思っていた。もっと言えば、これから違うことを述べるが、そういうものでいいとも思っている。
ただし、Rosenkranz RK-Silver/BSを使い始めてその音に慣れるつれて、別の所感を抱き始めた。それがあってこのコラムを書こうと思った次第である。
では何か。問題提起をするならば、「あなたが好きなのは、その音楽やアーティストではなく、そのメーカーの音になっていないか?」ということである。
言い換えるならば、「そのアーティストが録音に込めた想いや熱量をないがしろにしていないか?」ということである。
この問題提起の前提になっていることとして、また、BSを使っていて気がついたことは、「音楽を聴くことが好きだったはずなのに、いつのまにかイヤホンが好きということに差し代わっていないか」ということである。
わたし自身大いに反省である。これまで、超ハイエンドと言われるイヤホンからエントリーモデルのイヤホンまで、おそらく数百万円を使ってきた中で、そのメーカーが作る音と、あるかないかわからない自分なりの理想との合致を求めていたことに気がついたのである。
では、メーカーの音作りからイヤホンを選ぶとどういう弊害があるのか。それは、(繰り返しになるが)アーティストの音楽性から遠くなってしまいかねない、ということである。
平たく言えば、メーカーの音作りに特徴や個性が強いほど、メーカーによる音への着色が濃くなり、結果として本来の音楽性を変形させてしまう(阻害してしまう)、ということである。
音質が良い、と言うとき、それは音楽に向き合って感動する、ということを指しているだろうか。単に、録音に対してあるメーカーが加えた音作りによって歪められた音が好き、となっていないだろうか。
解像度の定義もよくわからないまま解像度を推すようになった時代、ドライバー数を積むことが正義であるかのようになった時代、周波数の表をもとに音質を測るようになった時代、特殊なドライバーを組み合わせることが主流となった時代に、それが結果として音楽を楽しむ、という純粋性をないがしろにしているのではないか、と警鐘を鳴らしたい。
わたしはいままで、アーティストの音楽性ではなくメーカーのチューニングで音を聴いていたんだな、と気がつかされた。
音楽を聴くということの原点に気がついた気がするし、これまでのオーディオライフを変えるきっかけにもなった。それはすなわち、どのようなチューニングであれば音質が良いと思えるかでイヤホンを選ぶのではなく、いかに音楽性に向き合えるかでイヤホンを選ぶか、という軸に変わったということである。
わたし自身は、実は絶対に嫌なチューニングというものはあまりない(強いて言えばボーカル好きなのでボーカルが引っ込むイヤホンにはそれほど魅力を感じない)。
しかしそれゆえに、目新しいイヤホンや、物珍しいイヤホンに出会うとやたらめったら手を出してしまっていた。そしてその音が自分の好きな音なのだと錯覚していた。よく言えばいろんな音作りを許容できるということであるが、悪く言えば軸がないということでもあった。
どのようなチューニングが好きかではなく、いかに音楽に向き合えるかという基準になると、やはりRosenkranzというメーカーは非常に強い(もっと言えば一強であるとさえ思える)。
どのイヤホンメーカーもチューニングの差によって個性を出している中、音楽に真摯に向き合えるかどうかという基準では、わたしにはRosenkranzしかないように思えている。
億万長者ではないし音楽を聴くことができる時間も限られているし、趣味として音楽鑑賞をしていて仕事で音楽をしているわけではない身として、今後のイヤホン選びの基準が変わったことによって、あれこれとさまざまなイヤホン選びに夢中になることもなく、結果として支払うお金が少なくなるということでもある。
これは、大袈裟ではなく、わたしにとってのオーディオライフの転換点であると言えると考えている。
いろいろ言ってきたが、音楽性に向き合えるかどうかという基準も、イヤホンを通して音を聴いている以上チューニングの差であることは事実である。
もちろん、Rosenkranzというメーカー、そしてBSというモデルで気が付かされたこのことさえ、結果としてRosenkranzというメーカーのチューニングの問題であり、結果、チューニングの話の範疇は出ていない。
加えて、チューニングの差という観点から、個々人の音楽性に差さるチューニングであれば結果としてそれが音楽性に向き合えることもあることは事実である。
ただ、Rosenkranz社のイヤホンは、通常の市販されているイヤホンとはそもそも思想が根底から異なっていると考えている。
チューニングの差によって結果として導かれる音の差で個性や目新しい特徴を出し、それによって市場を切り開こうとしているのではなく、ただただひたむきに音楽性を大切にしているように思われるのである。前者は、音楽に向き合うための音作り/チューニングではなく、そのメーカーが考える音を積極的に広げたいというふうに思われる。
無論、それが悪いとは言わない。実際にそれで顧客満足は得られるし、わたし自身も、このメーカーの音作りは好きだなというものもあり、納得してイヤホンなりを購入している。
ただ、一般的なイヤホンメーカーでは、新商品が出るたびにその商品説明欄で、低域をどうして高域をこうしたという記述や、カスタムチューニングしたオリジナルの○○ドライバーを採用したという記述などが多いと思う。
いまのわたしには、そういう記述が多ければ多いほど、そのイヤホンを通して聴かれる音はそもそもの音楽性からは離れていってしまっているように思えてしまうのである。
(繰り返しの繰り返しの繰り返しで心底申し訳ないのだが、)Rosenkranz社のイヤホンはそこがそもそも異なる。自分たちの音で世間を掌握したいという積極的な姿勢ではなく、あくまでも正面から音楽に向き合い、音楽が持つ楽しさを感じてもらいたい、ということを大切にしているように思う。その一端を、同社エントリーモデルであるRK-Silver/BSからもちゃんと感じられる。
ちなみに、Rosenkranz社にもKSやKAといったハイエンドモデルがあるが、わたしが使っているエントリーモデルのBSであろうとKAであろうと、その信念はブレない。その差は、より音楽性に向き合えるかどうかであるように思われる(なのでもちろん、最終的にはKAが欲しいし、直近ではKSが欲しい)。
ここで人によっては浮かぶかもしれない疑問を1つ取り上げる。チューニングの差によって音楽性が崩れないというのであれば、例えばSONYのMDR-EX800ST(ヘッドフォンではMDR-CD900ST)で良いのではないかというものである。
あくまでも個人の所感であるが、800ST(900ST)は業務用で、音楽に向き合うというよりも分析的に音に向き合うための道具であるという印象を拭えない。
音楽に向き合えるかは、結果として楽しかったり感動するという感想につながるが、音に向き合うではそうはならないように思う。反対に、やはり仕事などで音の正確性を見たり一音一音を捉えるような場合にはあれは最適だろうと思う。
Rosenkranz RK/Silver BSは、このことに気がつかせてくれた。わたしが好きなものは音楽であり裸の音/素の音であり、それを歪めるようなことはなるべく排したい。
Rosenkranz RK-Silver/BSというモデルは、低域の量感がもう少し収まってくれればとは思うものの、音楽に向き合わせてくれるイヤホンである。それは、ドラムを叩く時、人が声を出す時、その音に「そこで鳴っている」という存在の粒子と実体を感じられるイヤホンである。
誤解なきように言っておくと、それは決して、迫力を全面的に押し通すようなパワー系だから感じられるむりくりで強引なものではない。そして、解像度のみを追求してデジタル的に高精細すぎるイヤホン(やヘッドフォン)のレビューでたまに見かける「粒立ち」ともまた少し異なるものであると考えている。
これも含めてチューニングではあると言ってしまえばそれまでだが、「素の音が鳴っていると思えること」、「その音に実体感を覚えられること」は、BSの大いなる価値であり、他のメーカーでは感じられなかった個性であるように思う。
とりとめのない文章で趣旨が伝わりづらかったかもしれないが、本コラムは以上である。趣旨をまとめるとしたら以下の具合である。
・音楽を聴く時に大切にするべきものが、音楽を聴くということの純粋性ではなく、メーカーの音作りの個性にすり替わっていないか
・メーカーの音作りの個性(メーカーによる音楽性に対する着色が強いほど、本来の音楽性を阻害している可能性はないか
・本当に大切にするべきは、音楽と真摯に向き合えるかどうかではないか
ちなみに、もしBSに少しでも興味を持っていただけたなら、合わせてレビュー記事も読んでいただけると何かの参考になったり理解が深まったりするかもしれない。

